四千三百万ヘクター
一九三一年 六千五百万ヘクター
[#ここで字下げ終わり]
ただ大規模な農場機械をつかって、耕し、蒔き、苅りとるというだけならそれは、アメリカの大経営の農場がとっくの昔にやっている。だがアメリカで精巧な農業機械は農業労働者に何をもたらしているか? 一九二九年秋以来アメリカには農村恐慌がある。
ソヴェト同盟の耕地に一台トラクターが運転されることは、直接集団化された農民に何割かの確実な収益増大を約束するばかりではない。トラクターと一緒に文化がやって来ている。
「ギガント」から一時間ばかり汽車にのっかって行くと、「ウェルブリュード」という国営大耕地の真中に、農業機械専門学校がある。建ったばかりの校舎、寄宿舎、労働者住宅などが快活に花園をかこんで窓々を開いている。男女の学生、未来の技師たちは、五年以上職場にいたものに限られている。
ロストフ市の郊外に新しくプロレタリア文化の壮麗な城のような「セルマシストロイ」(農業機械製造)の大工場都市がある。これは純然たる社会主義都市計画によってつくられた町だ。
明るい、電化された大工場を中心に共同食堂がある。消費組合売店ではラシャの布地まで扱っている。托児所、学校、|革命の家《コンムーナ》、病院は建築中だ。案内の若い、労働通信員をしている技師と工場内の花の咲いたひろい通路を歩いていたら、こっちでは電熱炉で鉄を溶かしている鍛冶部の向い側のどこかで、嬉しそうなピアノの音がしはじめた。
「セルマシストロイ」は巨大工場で未完成だ。各部がまだクラブを職場の近所の建物の中にもっている。丁度昼休みで、ソヴェト同盟の労働者が仕事着のままその前に坐っているピアノの音が聞えはじめたという訳だ。ここではタイプライターで綺麗にうった職場の壁新聞を見た。
強烈な、新鮮な建設の現実にうたれてモスクワへ帰って来た。
間もない或る日、国立出版所の店へ行くと、どこか店内の模様がかわっている。見ると、これまでズラリと壁にはめこまれていた本棚とは別に、一つ大きい本棚が飾窓のこっちにこしらえてある。
経済。農業。機械。
五ヵ年計画に関するパンフレット。
政治。
党に関する文献。
反宗教。
そういう貼紙が本棚の各段ごとにある。人が絶え間なくその前にたかり、或る者は手帳を出して書名をひかえている。或る者は直ぐ黒い上被りを着た店
前へ
次へ
全17ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング