あった。
 当時ソヴェト同盟の民衆は、謂わば「俺等のあの時分の日記[#「俺等のあの時分の日記」に傍点]」でも読みかえして見るように、国内戦時代にかかれたそれらの作品を愛読した。作品としては下手に書かれたものでさえも、読者は、それを読んで思い出す自分達の経験の豊富さ、なまなましさで補ってくれたのである。
 やがて十年経った。そして十一年たった。
 ソヴェトの社会主義社会建設の道はプロレタリアートの党の指導の下にあらゆる困難を克服しつつ前進し、一般勤労者の興味はもう単純にあの時分[#「あの時分」に傍点]の回想にとどまってはいなくなった。階級的自覚のある労働者たちが今や目前に見ているのは、たとえばこのソヴェト同盟の生産技術をどうして向上さすべきかという緊急問題である。
 ソヴェトの作家たちは、ボツボツこんな批評を一般読者からきくようになった。
「どうも大して面白い小説も出ないじゃないか」
「どれもこれも国内戦だな。おまけにそのことについてなら、一寸見ろ! この傷と一緒にどうも作家より俺の方がよく知ってるらしいぞ」
「何だか、型で押し出しみたいじゃないか、党員てばどいつも、こいつも英雄でさ」

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