会主義社会建設の総体との関係において発展的にとらえず、消極的にブルジョア文学が一つの社会的破局を扱ったような悲劇、または破局というように表現している。
「赤紫島」は、劇中劇で「赤紫島」の革命を織り込み、ソヴェト同盟の劇場の内幕を諷刺したりしている。カーメルヌイ劇場で、タイーロフが未来派じみた極めて派手で綺麗な舞台装置で上演した。
 この劇中劇ではソヴェト同盟の劇場でも、小道具なんかに凝りすぎ、ウンと金をかけてしまったのを、管理局からやって来た役人へは胡魔化して報告する場面その他、見物が笑い出すところは相当ある。
 空想的な扮装したレヴューの土人みたいな「赤紫島」の住民が何かのキッカケで、至極安直に革命を遂行し、ツァーの追っ払いをやり、目出度し目出度しとなるのだが、ソヴェト同盟のルバーシカを着た観衆はゾロゾロ、カーメルヌイ劇場から出て来ながら、この劇全体から受けた何だかいやな印象について議論した。
 ブルガーコフが諷刺しているのはソヴェトの舞台裏ばかりじゃない。彼は、革命という事業をも「赤紫島」で諷刺している。真面目にとり扱っているような風ではあるが、そこには狡猾にひやかしが雑《ま》ぜら
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