感じるだろう。その機械を支配して、働いている自分達の世界的な目的を感じるだろう。この『職場にて』のどこにそういうわれわれの感情があるかね?」
ほんの短い期間だけ、或る工場なり集団農場なりへ出かける作家たちにとっては、自分の見学、材料蒐集をやるだけで殆どいっぱいだ。そこの大衆のために何かあとまでのこって役に立つような文化的助力を与えるということは、時間的に困難なばかりではない。作家たちはそこの大衆がもっている文化の発展過程を知っていない。よしんば工場委員会の文化部員や、工場新聞発行者たちに説明されたにしろ、急ごしらえに大衆の要求を発見し、それを現実にまとめて働きかけることはほとんど不可能事である。
ではソヴェトのプロレタリア作家は、従来、そんなに生産場面と切りはなされて作家活動をやっていたかといえば決してそうではなかった。ラップの主な作家の一人、キルションについて見よう。
キルションは、数年前有名な「レールは鳴る」という作品を書いた。或る汽罐車製造工場が労働者あがりの工場管理者によって管理されている。工場の技師、関係トラストの支配人、古参な職長一味が何とかして、ソヴェト権力の認めた労働者の工場管理権を、自分達の手で、ブルジョアへ奪還したいと思う。反革命的策動が組織された。労働者出の工場管理者を、いろいろなことで工場内の反革命分子がいじめる。管理者は自分の部署から退かぬ。彼にとって、工場管理者という自身の地位は、ブルジョア的な考えかたでの立身――成りあがってつかんだ地位ではない。プロレタリアートによって、そこを守れ! と命ぜられた、責任の重い生産における前線の部署である。いかに恥しめられようと、退かない。そこで、反革命分子がソヴェト法律を逆用して遂にその労働者出の工場管理者を国家保安部に捕縛させた。然し、工場内の革命的分子は、黙って見ていない。熱心な、階級的な彼等の努力が、最後に反革命分子の一人の心をうごかし自己批判をよびさました。そして、工場管理者のプロレタリア的正義は大衆の前に明かにされた。
これは、モスクワの「エム・オー・エス・ペー・エス」劇場(モスクワ地方職業組合ソヴェトの劇場)に上演され、非常に大衆によろこばれた。
ところで作家のキルションは、その後、その汽罐車製造工場と、どんな密接な関係を保って来ているであろうか? キルションのその後の作品はこれに対する答の材料をわれわれに与えない。その汽罐車製造工場とそこに働く労働者は「レールは鳴る」に現れたぎり、消えた。他のどの作家も、二度とそこをとりあげていない。
しかしながら、ソヴェト五ヵ年計画は、全同盟内の運輸網一九二八年八万キロメートルであったのを、三三年には十万五千キロメートルにしようとしている。この数字は、云わずとも沢山の汽罐車が新しく造られなければならないことを示している。
嘗て、キルションに観察され描かれた汽罐車製造工場内の大衆が、この燃え立つ社会主義達成の時期に「レールは鳴る」時代とはまた種類の違う形態と心持の内容とで、職場内の階級的闘争を経験していることに疑いはない。もし、キルションがずっと続けて、この工場と現実的な接触を保っているとしたら、彼は、この汽罐車工場における第二の革命、歴史的瞬間の諸相を見落しただろうか。
作家キルションは、工場内の熟練労働者は勿論のこと、門番、のんだくれて同志裁判にかけられた労働者とまで知り合いなはずだ。生産の技術についても、ズブの素人以上の知識をもっているであろう。職場内の一般的気分、五ヵ年計画につれて発生し複雑に発展する様々の現象と心理とは、たった一ヵ月、或は二ヵ月その工場を見学した文学衝撃隊《リト・ウダールニク》の到底及ばない実感、正確さ、見とおしで描写される筈ではないだろうか。
キルションは、こういう根気よい展望をもって汽罐車製造工場を見、それと結びついてはいなかった。キルションの場合にも見られるような生産場面に対する過去の作家のややその場かぎりの題材あさりの態度、及び、現在の作家と生産との結びつきの無統制から、作品活動は、その成果において十分プロレタリアの世界観に立ってのリアリズムにまで到達していない。
そこで、文学作品の組織的生産という考えが一部の人々によってもち出されたのであった。
主張の要点は大体次のようであった。
作家は、一層労働者生活の現実に即し、文学におけるプロレタリア・リアリズムのために各産業別に組織されるべきだ、そして、一年に、どの産業では最少限何篇の小説、戯曲を、どの産業では散文、詩、各何篇という風に計画的に製作したらどうか。この場合重点は、ソヴェトの生産経済計画に従って、或る特定産業の上におかれる。
五ヵ年計画に結びつけて具体的に見ると、大体の文学的重点は、五ヵ年計画がそれを基
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