数字の上からだけではなく、計画的生産を基礎とする社会主義社会の建設の方向に爪先を向けている。第十六回党大会の席上、ラップの代表者ベズィメンスキーは、文学も生産経済計画以外のプランはもっていないと言った。別の言葉で云えば、社会主義の達成は同時に文学の課題であるということである。映画は毎年大体定められた生産計画によって生産されている。演劇は上演目録の計画的選定で上演されている。文学作品の生産ばかりは、個々の作家の勝手で行われて来た。めいめいの作家が、てんでの思いつきでつかまえた題材で書きたいときに書いていた。果して、それでいいものかどうか? ラップはこういう問題を提起したのであった。

        文学の組織的生産の問題

 五ヵ年計画第二年目にラップ内で提起されたこの問題は非常に一般の注意をひいた。
 ソヴェトでこのとき云われた文学の組織的生産という意味は、偶然に出来上った作品を発表するに当ってとられる一つの出版形式として提起されたのではなかった。プロレタリア・リアリズム確立のための一つの路ではあるまいかという考えがあったのだ。
 文学、演劇、絵画等における五ヵ年計画の目標は、プロレタリア・リアリズムの確立におかれている。
 ソヴェトの芸術家たちは、社会主義社会の建設に躍進する工場農村においての現実的経験に表現を与えることから、この芸術創造の方法の課題に答える実力を次第に獲得して来たらしかった。が、同時に、文学新聞や雑誌にこういうスローガンが見られるようになって来た。
「生産への異国趣味《エクゾチシズム》を排撃せよ!」
 労働者新聞に職場からの通信がのった。
「作家たちは、俺たちの職場へやって来る。彼等は見学する。俺たちの話をきく。手帳にいろいろと書きこむ。それは大いに結構だ。だが、作家たちはやって来て、創作のための材料を集めるだけで帰ってしまった。せっかく作家が来たのに俺たちの工場では、『文学の夕』さえ持たれなかった。作家たちが俺たちのところへ、どんな文化的な助力ものこして行かなかったことを実に残念に思う。――」
 作家たちが、鉛筆と手帳とをポケットに入れて工場へ出かける。集団農場へ行って、トラクターに乗って麦の蒔つけを見る。生産の場所での日常の闘争へ参加し、国内戦時代とは性質のちがう建設期のソヴェト・プロレタリアートの英雄的行動を観察し、記録し、活々とした芸術品にまとめようとする。けれども一九三〇年の春以来、ソヴェトの作家たちは、それを実現するにやや手当りばったりであった。
 国立出版所で組織したウラル地方の重工業生産地への見学団、ソヴェト作家団体総連合主催の工場、集団農場への文学ウダールニク。いずれの場合でも、ただ応募した作家たちが一まとめに派遣されただけで、各々の作家が、これまでどの産業に一番接近していたか、どんな社会的労働があるのか? それらの経験と行くさきの新興産業とはどんな関係にあるかというような詳細に亙って、作家と目的地との関係などは詮衡されなかった。
「生産への異国趣味を排撃せよ!」というスローガンが、自己批判として現れたのは、極めて自然な結果であった。
 今が今まで見たこともない製材工場へやって来て、巨大な、精緻な機械が、梁みたいに大きな木材を片はじからパンのように截って廻っているのを目撃したら、誰しも感歎する。
 やがて職業意識をとり戻し、彼は、わきに案内役をしている工場新聞発行所の文学衝撃隊員或は工場委員会文化部員に訊くだろう。
「君、これは何て機械です? フフーム。それで、アメリカ製ですか? そうではない? 成程! 素敵だね。われわれのソヴェトでもこんな機械が出来るのか!」
 ところで彼が書いて『十月』や『成長』に発表する「職場にて」を見ると、それは十分労働者の心持を掴《つか》んでいない。
 国内戦時代は赤衛軍の指揮官をやって、現在国際革命文学局の書記をしている作家タラソフ・ロディオーノフが、彼の指導するモスクワの大金属工場「鎌と鎚」の文学研究会《リト・クルジョーク》で、丸い赤鼻を一層赤くして、こう批判したようなものが出来る。
「タワーリシチ! ここにも一つプロレタリア文学の誤った手本が出ている。この『職場にて』は、成程機械力が描かれている。機械の統制ある活動の美しさ、歓び、音響、一分間に何本の木材を切断するかという速力についても書かれている。しかし、これだけなら構成派の作家がもと盛に書いたよ。グングン働く機械を見て『アア神よ! 我々近代人を陶酔させる力はこれだ!』という工合にね。これは工場へ舞い込んでびっくりしているインテリゲンツィアの生産に対する異国趣味だ。労働者なら機械を見たとき、その機械に対するもっと異った注意や愛情、自分の道具としてそれを動かすプロレタリアートの社会的階級的な意志をはっきり
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