りにして再現さるべき時になっている。しかし、左翼作家のすべてがそのような大主題を、解放史の全局面から把握し、而も素晴らしい新手法で芸術品に仕上げる程の才能をもって生れているとは云えない。ファジェーエフの「壊滅」、ショーロホフの「静かなドン」などはよい作品だが、国内戦は局部的に扱われているのである。
では、新しいコムソモールの生活を描くか。それは明かに要求されている。若い読者はすべて、そういう作品の現れるのを待っている。そして、またそれを作家は書くべきであった。しかし[#「しかし」に傍点]が、ここへも出て来てぶつかった。今十八歳のコムソモールの心持が帝政時代に十八歳であったものに、果して、わが心のように理解出来るであろうか? わかる[#「わかる」に傍点]ばかりでなく、若い彼等のもっている曇らざる率直さ、科学への関心、健康な意志と、骨身について育っている集団性、国際感情などを、自分のものとして再現する実感が果して幾人の作家にあるだろうか?
国内戦の時代にくらべれば、革命後十年を経た建設期の日常の事件は、今は地味なものとなった。ソヴェトの建設は一見平凡な工場生活、大した変化はないらしく見えるクラブの研究室、震撼的記事はない『プラウダ』の紙面のかげに、堅実にもりあがりつつある。革命とともに出発した作家たちは、一言で云えばありすぎる社会的課題に押されて、とりつき場を失った。左から、新しい大衆に「もっと俺たちの生活を書いてくれ!」とせめつけられた。右からは古いインテリゲンツィアの残りに、嘲笑された。
「ソヴェトになってから、いい芸術的作品なんぞ一つも出来ようはずがありませんよ。第一、今の作家[#「今の作家」に傍点]はロシア語そのものの美しささえ知らないじゃないですか!」
不安な、ソヴェト文学の無風状態が来た。作家の或るもの、例えばイワーノフなどは革命当時の活力と火花のようなテンポを失い、無気力でいやに念入りな、個人的な心理主義的作風に陥って行ったのである。
これは危い時代であった。質のよい、若いプロレタリアートは自分等の階級の本当の芸術的表現者を発見するに困難した。
学生や若い勤人中の所謂文学好きは、構成派の詩人たちの科学性に対する異国趣味にひきつけられた。さもなければ未来派系統の、芸術左翼戦線の、作家詩人の言葉の手品を興がった。そして、自分達も、文学研究会では、やたらに文学団体の各名称について通をふりまわし、作詩と称して実際生活から遊離した言葉をこねくりまわして、並べたり、千切ったりするようになった。
当時は、技術的に一応出来上っていた同伴者作家《パプツチキ》が、全露作家協会の指導勢力であった。トルストイ百年記念祭が一九二八年にモスクワの大劇場で行われたが、そのとき、外国からの客、ツワイグやケレルマンがそこに立って挨拶した演壇へ出て祝辞をよんだソヴェト作家代表はリベディンスキーでも、キルションでもなかった。ピリニャークであったのである。
読者大衆を捕えるだけ強い魅力をもったプロレタリア作品の新しいものが出ないことは、ソヴェトの民衆の旺盛な読書慾の上に、一時的にではあったが別なバチルスをはびこらせる結果になった。例えば、若いコムソモールの全生活が、すぐれたプロレタリア作家の作品の中に再現されないうちに、パンテレイモン・ロマノフやグミリョフスキーのような怪しげな作家たちが、「犬横丁」(日本訳名、ソヴェト大学生の私生活)のような代物にまとめて売り出した。
「犬横丁」は全部が嘘を書いているとは云えないとしても、現れて来る何人かのコムソモールの生存重点を、彼等の性生活、而も病的に拡大された性関係の混乱にだけ置いていることに、作家は計らず自身の階級的立場を曝露している。
パンテレイモン・ロマノフは、ソヴェト同盟内の自然発生的な日常の事件を題材として書いた。彼の書くものは、わかりやすくて読みいいと云って、多くの者によまれる。しかしロマノフは、題材を、ごく現象の局限されたあれこれの上において、通俗小説としてのヤマや泣かせや好奇心やで引っぱって行く。文章は卑俗で平板である。
プロレタリア文学は、本質において、ブルジョア文学におけるように、芸術的小説と通俗小説との区別を持たない筈である。しかも、こういう作家たちが、全くブルジョア文学における通俗読物と等しい作物を革命後第十一年目のソヴェトの読者にうりつける隙間があったのである。
ロシア・プロレタリア作家連盟は、左翼的作家団体の中心となってこれらの現実の状態につき猛烈な自己批判をはじめた。
プロレタリア文学の発展のために、これまでも彼等は決して怠けていたわけではなかった。しかし、形式の探求、古典の研究、パプツチキとの理論闘争などの活溌さに比べて、直接大衆へよびかける作品そのものの生産は、
前へ
次へ
全31ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング