目覚ましく行っているとはいえなかった。
 日に日に育ってゆく、プロレタリア・農民の現実生活からはなれたパプツチキの作品が無批判にもてはやされたり、卑俗小説がはびこり得るのは、とりも直さずプロレタリア作家の技術が一般的に未熟で、大衆を捕える力に欠けている証拠ではないか。
 また、その「形式探究の方法」に於て、何かの誤謬がなかったであろうか? プロレタリア作家が、本をつみ重ねた机の前にだけ坐りこんで、新らしい形式[#「形式」に傍点]を見つけ出そうと頭を抱えているということは、果して真の新しい形式を発見する方法であろうか。
 大衆の中へ! 大衆に近く!
 ロシア・プロレタリア作家連盟は、プロレタリア・リアリズムの旗を高くかかげて無風帯の中から立ち上った。
 プロレタリア作家は、新たな関心で大衆に近づき、そこから階級的なわかり易い文章を書く技術を習得しなければならない。
 プロレタリア作家は、今まで充分党に近くあったであろうか?
 プロレタリア作家は、階級の心理をもっと把握せよ! 類型から脱け出して人間を描け!
 ソヴェト同盟の革命的労働者は、一九一七年以来、プロレタリアートの生産技術を向上させようとしてあらゆる努力をして来ている。旧時代のインテリゲンツィアの専門技術を利用することは、そのインテリゲンツィアたちがソヴェト政権を認め、プロレタリア社会主義の社会建設の過程に協力している範囲内でだけ可能である。しかし、旧いインテリ専門技術家は、いつも良心的だとは限っていない。技師が生産組織の内部で、反革命的策動をやる例は、一九二八年、国家保安部によって摘発されたドン炭坑区に於けるドイツ資本家と結托した大規模な反革命の陰謀を見てもわかる。ソヴェトの党・労働組合がプロレタリアートの中から優良な技術家を養成しようとして、あらゆる場所に工場学校、労働予備学校、専門技術学校を設置していることの革命的意義はここにある。
 芸術の領域で、プロレタリア作家たちが、そのスローガン「プロレタリアートの技術を高めろ!」という声に無関係であり得るということはないのだ。
 同時に、一九二八年から九年にかけての、このロシア・プロレタリア作家連盟の標語、大衆の中へ! は、非常に大きい歴史的背景の前にあった。
 この一九二九年こそ、ソヴェト同盟に生産拡張の五ヵ年計画が実行されはじめた年であった。その第一年目であった。工場、役所の内部では、新しい溌溂たる生産能率増進のために、官僚主義排撃が、盛に行われた。
 反革命的異分子の清掃が、あらゆる部門にわたって積極的に行われはじめた。
 間断なき週間制によって、五日週間を働くようになった一般勤労者は、職場職場で、生産能率増進のウダールニクを組織し、家へかえる道々には、例えばモスクワ市立銀行の屋根に、赤く翻るプラカートを見た。そこには大きい字で書いてある。
「|我等のところ《ウナス》では、清掃《チストカ》が|行われている《イディオット》」と。
 これは、ひろい大衆に向ってなされた階級性の新たな自覚への召集であった。その銀行内に、内部の者の知らない反革命的分子がもぐりこんでいるかもしれない。諸君、それを知らせろ! そういう呼びかけである。
 ソヴェトの五ヵ年計画は、大衆の日常生活のプログラムを変化するとともに、次第次第に大衆の気分をもかえて来た。どんな小さい隅っこの職場に働いている労働者も、社会主義社会の建設のために自分が無関係ではないことを前にもまして自覚した。厳密な階級的批判が全同盟内で、新たな勢をもりかえした。
 ソヴェトの作家たちは、ロシア・プロレタリア作家連盟を中心として、彼等が社会主義の敵か味方かを決議しようとする大衆の前に立ったわけである。
「大衆の中へ!」というスローガンのかかげられていた時代に書かれた作品としてはマヤコフスキーの「南京虫」「風呂」。ベズィメンスキーの「射撃」「変人」。リベディンスキーの「英雄の誕生」等がある。
 これらは、工場内の官僚主義に対する諷刺、プロレタリア技術発展への翹望、小ブルジョア的感傷、淫酒、淫煙の排撃。工場内ウダールニクを組織しようとする若い労働者たちの歴史的使命など、それぞれに当時の段階を反映した社会的な内容をもっている。
 未組織の勤労者の、階級的良心を、正当な評価において見なおしたのが「変人」であった。
 労働者は、組合からの半額切符で、メイエルホリド座へ行った。そしてマヤコフスキーの「南京虫」を見物したが、作者の諷刺と演出者の誇張しすぎて表現派風なこり[#「こり」に傍点]かたは、民衆によくわからなかった。
 リベディンスキーは、ロシア・プロレタリア作家の頭株の一人であるが、その長篇「英雄の誕生」は一般の注意を呼び起すと同時に、疑問をも引おこした。小説の主人公は、経歴あるボルシェ
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