した。先ず多くの作品は、軍事行動の間における党の役割というものを具体的に把握していない。党の任務について或る作品はまるで触れていない。或る作品は出来合いの党のスローガンをひっぱって来て間に合わせをやっている。帝国主義の侵略戦争を世界のプロレタリアートの党は全力をもってその国のプロレタリア解放のために有利に展開させなければならない。が、この作品競技でその事業の具体的な困難さを理解しているものはまるで少なかったのである。
ファシストの手先となった社会民主主義、第二インターナショナルがどんな階級的裏切りを行っているか。それとの闘争も形象化されていない。
ただ一つ総てを貫き流れていた力強いものは、ソヴェトのプロレタリア作家たちが、大衆とともにこの階級的作家活動の新分野に対し真心をもって自分達の成長を決心していることである。
『文学新聞』は「成功的な発端」としてこの経験を報道している。
各地方ロカフの激励によって「文学と戦争叢書」が続々刊行されはじめた。その一部として、アダム・ドミトリエフの『よし! 船をひけ』。別に、国内戦時代赤軍で働き有名な脚本「ラズローム(破滅)」を書いたボリス・ラヴレーニェフの『斯うして防衛する』というバルチック艦隊の演習を記録した本が出版された。
槌よ、高く鳴れ!
赤色陸海軍文学協会《ロカフ》の結成されたのは一九三〇年九月、七月の全同盟共産党十六回大会二ヵ月後のことだ。
が、十月にソヴェト同盟の芝居季節がはじまると同時に、大衆は、ははア、成程な! と思った。ソヴェト同盟の劇場の上演目録が、一九三〇年の秋という特殊な情勢をハッキリ反映していることが誰の目にもわかった。
工場内の集会、労働者クラブの講演会『プラウダ』『労働者新聞』などが、帝国主義国の反ソヴェト・カンパニアに対する闘争についてソヴェト同盟の革命的大衆の自覚によびかけているばかりではない。
芝居が、楽しませながら、笑わせながら、帝国主義侵略絶対反対、ファシズム排撃を、大衆の心にうち込む役を積極的に買って出た。
抑々《そもそも》、ソヴェト同盟の演劇や映画は、これまでだって唯の一度も、資本主義国の商業主義が企業として利潤のために、金のあるもののための享楽道具としてつかわれたことはなかった。
経営は国家管理の下にされている。芝居の上演目録は詮衡機関にかけられて
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