っていないからだということを知っているであろう。彼は今日からのちどのようにして、どこで彼の刃そのものをより強くきたえる材料を見出してくるだろうか。彼はどういうモメントで、あえて冴えた彼の刃をこぼす勇戦を示すであろうか。これらのすべてが研究されなければならない。
 民主戦線ではその広さと、そこに包括される社会活動の部面が多様であるにかかわらず、他の一面ではこれまで社会各層がもたなかった互いの共通語をもつようになってきている。労働者階級のファシズム反対という声と、学者たちが学問の自由のために叫ぶファシズム反対の声は、国内的にひとつ響きにとけあうばかりか、国際的にこだまする声である。
 文学は文学者と文学愛好家だけのもちものではなくなってきている。私小説からの歴史的な脱出の戸口は、文学の外のこのような場所にある。したがって文学の創作方法は、科学の定理のように抽象されることは決してありえないし、それでこそ文学の文学である人間性があるのだけれども、歴史の進行の方向と階級間の関係についてのより客観的な把握は、おのずから文学の創作方法も、個々の作家のテムペラメントにだけ頼るものではなくなってくる。

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