の翼のはずれでは、六七人の男が坐り、白い纏布をうつむけ、調子よく体を動かしては、武器の手入れや、新しい弦の張工合をすかして見ている。
 遠く家畜小屋の附近では、活溌な猟犬の吠え声が聞えた。強い羽ばたきの音を立てて、ぱっと何処かの軒から鳩が翔《と》び立つ。
 不規則な点滴の音や、溶け始めた泥濘に滲みながら鋭く日に燦《かがや》く残雪の色などは、皆、軟かな雲一つない青空の円天井に吸い込まれ、また軈《やが》て、滋味に富んだ陽春の光線となって、天からふりそそいで来るかと思われる。
 然し、スーラーブは、その晴やかな外景を、至極、恬淡《てんたん》な、放心した状態でながめた。
 黙って働いている人間の姿も、陽炎《かげろう》でちらつく広場の様子も、何かひどく自分とは無関係な、よそよそしいものに感じられる。
 一心籠めて考えなければならないことがある。――しかも、その考えなければならないのは何なのか、はっきり当がつかず、徒らに不安を感じるという、落付かない心持になるのだ。スーラーブは、やや暫く、歩廊の石畳の上を、往ったり来たりしたが、気を鎮めるに何のかいもないと知ると、歩をかえして、内房を出た。スーラー
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