はないのだ、と話して聞かせた。
スーラーブは、凝っと母の顔を見つめ、判り易い言葉で云われることをきき、半信半疑な心持と、畏れ、感激する心持とに領せられた。納得するしないに拘らず、母の熱の籠った低声の言葉や、体、心全体の表情が、幼い彼を沈黙させずに置かない真剣さを持っていた。
十五六歳になる迄、スーラーブは、折々その質問を繰返して、母やシャラフシャーを当惑させた。けれども、だんだん質問の仕方が実際的な要点に触れ、返事を一層困難にするようになると逆に、彼の訊ねる度数が減った。青年らしい敏感が、そんな問を、露骨に口に出させなくなった。彼は、自分にそのことを訊かれる母の心持も同情出来るようになったし、少年時代から一緒に暮しているとはいっても、一人の臣下にすぎないシャラフシャーに自分の父の名を聞く、一種の屈辱にも堪えなくなって来たのである。
彼は、黙って、鋭く心を働かせ、自分という者の位置を周囲から確め始めた。種々な点から、彼は、シャラフシャーが、全く自分の出生に関しては与り知らないのも判った。家臣等の自分に対する感情は、いささかもその問題には煩わされていない純粋なものであるのも知り得た。
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