卿、祖父様はナディーというひとの子だと云ったろう?」
 シャラフシャーは、仕事から注意を奪われず真面目な声で答える。
「左様です」
「――スーラーブの父上は何という名?」
 シャラフシャーは、答えない。

        五

 四辺には、刃物が砥石の上を滑る音が眠たく響く。
 スーラーブは、シャラフシャーが沈黙しているのを知ると別な方面から、問いを進めた。
「シャラフシャー、父上のいないのは、悪いことなのかい?」
「悪いことではありません。祖父様のおっしゃったのは」シャラフシャーは、刃物の切味を拇指の腹で試し、正直な、心遣いの籠った眼で、小さく胡坐《あぐら》している自分の主人を見た。
「貴方が、一生懸命、戦士の道を修業して、サアンガンの王のまことの父である大神ミスラに見棄てられないようにしなければならぬ、ということであったのです」
 スーラーブは、暫く腑に落ちない顔をして黙った。何処かに、はっきりしない処のあるのは感じる。けれども子供の頭脳は、そこに条理を立てて、もう一歩迫ることが出来ない。黙って、考えている積りのうちに、彼の纏布を巻いた小さい頭の中には、ぼんやりと、昼間の狩の思い出
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