しいものは見当らないかと尋ねた。彼等は、形式一遍の答えをした。スーラーブが相手の顔をじっと見ずにいられない冷淡さ、底意でもあるらしい無頓着さが顕されたのであった。結局昨日は解らずしまいであった。彼等の腹を考えれば、今再びきいたところで正直に云ってはくれまい。スーラーブは、或る憎悪を感じて、平然と協議を凝している二人のツラン将を視た。彼が、鋭い眼を向けると、腰架に向い合っている彼等は眼の隅でちらりとそれを認め、傍から口を利かせまいため、一層熱心らしく胸をかがめて話しに打ち込む風をする。激しい感情がこみあげて来、スーラーブは、ふいと天幕を出た。
もう朝日も高く昇った。高地の裏から疎らな樹林をとおして射す澄んだ日光で、草の葉の露はかがやき、絶間なく動き廻る兵卒等の腰に短剣のつかがキラキラした。樹木の間につながれて夜を過した馬がつややかな背やたてがみに日を受け、楽しそうに鼻を鳴しながら、古い落葉の敷いた地を掻く。歩き廻っているうちに、スーラーブの頭に閃くように或ることが思い出された。彼は、急に活々した挙止で、丁度糧秣の袋を抱えて来かかった一人の兵卒を呼びとめた。「おい。――貴様、イランの捕虜の居処を知っているか?」男は、少し妙な眼でスーラーブの顔を見、ざらざらした声で得意げに答えた。
「知っていますどころか。ゆうべわしらの隊で、奴を揶揄《からか》って大笑いしました」
「すぐ此処へつれて来てくれ」スーラーブは、抱えている糧秣に目をとめた。
「いいからそれは置いて行って来い。私が分けてやる」
男は、そこへ袋を下し、左脚を引ずるようにして陣の後方に去った。スーラーブは、左手で重い袋を引ぱり、樹木の根かたに置いてある箱に、なかの麦粒をしゃくい出した。
三十五
間もなく、乾ききった厚い木片がぶつかり合うような、カタカタという音が、スーラーブの背後でした。
「連れて参りました」捕虜の若いイラン人は、微塵《みじん》の愛嬌もない表情で、振返ったスーラーブを見た。纏布を半分ずらせて、頭の負傷を包んでいた。横から、短く髪の毛が延びかかった頭が覗いている様子、薄い、汚れ切った上衣が肩で破れて体にかかっている有様。立派な体格で、足枷さえそんなに惨めなものらしくは見えなかった。眇《すがめ》の男は、捕虜の穢らしい滑稽さを誇張するように、傍から相手の腕をつっつき、片言のイラン訛
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