の若者の容姿が、静かに順々に、彼の切な瞳に映って来るばかりだ。
 ルスタムは、暫く瞠《みつ》めた後、またそっと上体を地面に倒した。頬杖をついて眠っている一人の兵が、寝がえりを打ってルスタムの脇腹に触れた。ルスタムは、じっと考えながら、少し体をずりよけた。あの若者の細面てなところが、何処か、あの女と似てはいないだろうか? いやいや、一体にツラン人は面長だ。この若者に限ったことはない。然し、牽きよせられるように、ルスタムはまた膝で起き上った。そして、眼をすりつけるようにして、内を覗いた。彼にはどうしても、一度視た限りで思いきれない心があった。こうやって若者の顔を目前に見れば、彼が、あかの他人であることは疑う余地なくわかるのに目先が離れると、未練な妄想が再び起って来る。ルスタムは、自分に対して腹立たしい気持にさえなって来た。こんな馬鹿らしい、不様な真似をしたことなどは、ギーウにも話せたものではない。心に呟きつつ、またまた彼は、殆ど無意識にのび上って、塵臭い、がばがばした革天幕に皺深い顔をすりよせる。
 三四度それを繰返し、ルスタムは、がっかり地面に突伏した。張合のない、詰らない気がしみじみとした、かさりとするのさえ懶いようだ。――天幕の裾から流れる光が、ルスタムの目の前の地面に漂い、疎らな草の細い葉や小枝の切れはしや、死んで乾いた小虫の殼などを浮出させている。
 一寸の間ぼんやりそれ等に目を停めていたルスタムは、やがて、意志の目醒に刺戟されたように、きっとして自分の周囲を見廻した。
 いつ迄こうしてはいられない。まだイランの陣まで安全に帰らなければならないという一仕事がある。最後の注意をルスタムは天幕の裡に向けた。もう眠ろうというのだろう。人が動く跫音が――、何か云い、圧しつけたように、「フフフフフフ」笑う声がした。ルスタムはいやな心持になった。

        三十二

 厭な心持になって、却ってルスタムのためにはよかった。当なく憤然としたような感情が、彼に、年寄のがっかりさを忘却させた。大天幕から外へ出た男が戻るのを待ち、ルスタムは、再びやや隔った次の隠れ場所に移った。陣地のはずれの大体安全な場所に辿りつくまで、ルスタムは、退屈に、来る時の亢奮を全然失った。必要からばかりで、注意深い位置の転換を行った。幸、誰にも見咎められず、高地の端まで出ると、彼は来た時のようにず
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