る余韻の長い哀しさがあった。それだから、ギーウの来たのはルスタムにとって、暖い、男らしい太陽の光が胸に流れとおったような快よさなのであった。彼は、ギーウに酒を注いでやりながら、家族の安否、首都の模様などを尋《き》いた。ギーウは、軽い冗談を交えてそれに答え、じろじろ黒人の芸人娘の方を視た。
「彼等はイラン語がわかるのか?」ルスタムがその方を見ると、芸をやめて一処にかたまり時々振り向いては眼の隅から新来の客の様子を窺っていた娘達が、一斉に黒い顔に真白な歯を現わしてにっと彼に笑かけた。ルスタムは見ない振で盃をとった。
「エチオピアの方から来たのだそうだから、解るまいとは思うが――どけるか?」
ギーウは、一人混っている中年の創傷あとのある男の顔を特に疑わしそうに見た。
「あっちにやろう。何も今ここに置く必要はない」ルスタムは、広間の隅にいる侍僕を呼んだ。男は命令を受け、二言三言芸人娘等に何か云った。彼等は、礼もせず騒々しい様子で広間を出て行った。
「それで先ずよい」
ギーウは、くつろぎながらも、居住居をなおした。そして、低い声で云った。
「実は、王から命を受けて来たのだが――ツランのアフラシャブが、また手出しをしおったのだ」
二十四
ルスタムは、微かにいやな顔をした。それを聴けば彼には何のためにギーウがよこされたのか充分推察がついた。要求されることは判っている。それに対する自分の返答も既に定まっている。彼は、ギーウに対する礼儀だけから、気のない調子で、
「ふむ」と云った。
「さすがに今度はアフラシャブも自身出かける気はなかったと見え、何処か属領の若ぞうを煽てて向けてよこした。フィズルが城を渡して注進に来た。急なことで彼も驚いただろう」
「いつのことだ?」
「注進がツスに着いたのは、儂の出発する半日前であった」
「それで何か、どんどん追撃でもして来るというのか?」
「懲りているから、軽はずみはしないらしい。じっと国境近くの陣を守っているそうだ。主将は変な、イラン風とツラン風俗の混った装をしているそうだが、アフラシャブの幕僚だったらしい男が二人以上ついているという話だ。――名誉はその男等のもの、不名誉と失敗の咎は、何処かの愚なその若者に背負わせようというのだろう。ところで――云わずともう解っただろうが、王は卿の出動を切望しておられるのだ」「ふーむ」ルス
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