、自分の武人としての最後を飾るのは往年白魔をカスピアン沿岸で討った事蹟だと洩したことは、王の耳にも入っていた。然し、ツランの軍勢にルスタムの名は、或る魅力を持っている筈だ。カーウスは頭を悩ました後、一つの方法を思いついた。彼はギーウを呼んだ。そして、シスタンに赴いてルスタムの出動を促すことを命じた。ギーウは当時、ツス近傍の総軍帥であった。この切迫した場合、彼が重大な位置を暫く空けて迄出かけたというところに、親友である事実以上の或る意味が加わることをカーウスは考えたのであった。
ギーウは、使命をやや苦痛に感じながら、一昼夜、馬を走らせた。広い夏の白光の下で乾き上った砂漠が、彼の周囲で、後へ後へと飛んだ。二日目の午後、シスタンの城が平坦な地平線に見え始めた。容赦ない一煽りで、汗にまびれ塵にまびれて城の広場に乗り込んだ時、ギーウは浮かぬ顔付で、下僕に馬の手綱を渡した。彼の、疲労でざくざく鳴る耳に、この城に珍しいなまめいた音楽が聞えた。彼は一言も口を利かず、侍僕に案内させて、城内に入った。
城の広間でルスタムは、紅海の近くから来たという黒人娘の芸当を見ていた。妙にキーキー鋭い音の胡弓と、打込む重い鼓の響に合わせて、真碧い色に髪を染た娘達はぐっと、体をそりかえらせた。そして、手足にはめた黄金の環飾りをチリチリ鳴らし、何か叫んでぼんぼん、ぼんぼん幾つもの球を巧に投上げては操つって見せる。積み重ねた座褥にもたれ、白髭を胸に垂れ真面目な顔をしてそれを見物していたルスタムは、殆ど同じことが数番繰返されると、倦怠を感じ始めた。これが済む迄と思っていたところへ、思いもかけずギーウの到着が知らされたのであった。
ルスタムは、赤ら顔に輝く二つの大きな眼に何ともいえない悦びの色を浮べた。彼はすぐ席を立ち上った。そして、朽葉色の絹の寛衣の裾をゆすって真直に芸人等の前を突きり歩廊に出た。二人は、歩廊の端で出会った。ルスタムは、何も云わず、むずとギーウの肩を掴んだ。ギーウも我知らず手を延してルスタムの左手を執った。
糸杉の葉かげのうつる歩廊の甃《しきいし》を、再び広間の方に歩きながら、やがて、ルスタムが云った。
「思いもかけぬ時に会えたものだ。暫く逗留して行ってくれるじゃろう?」
「いや。……今日は見られる通りひどく性急な使者だ」
「ほほう」
ルスタムは始めて心付いたように、ギーウの埃をあ
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