《ものう》そうな声で、
「卿は、イランから来たのか?」
と訊ねた。
「仰《おおせ》の通りでございます。宝石の珍しいものを集め、君様の御意を得ますには、どうしてもイランから東へ、参らねばなりませんので……」
 スーラーブは、わざと、見る気もない土耳古玉を一つ手にとりあげて弄った。
「イランに変ったことはなかったか?」
 商人は、ちらりと、スーラーブと、スーラーブを見るシャラフシャーとを偸見《ぬすみみ》た。そして、さも滑稽に堪えないという表情を誇張して笑った。
「いや、もう変ったというほどを越した話の種がございます。丁度、私がイランの王廷に止まっておりました時のこと。御承知の通りあのカイ・カーウスと申す方は、神の秤目が狂って御誕生ですから……」何処かの、彼より馬鹿な男が、宴の席で、鳥のように天を翔べたらさぞ愉快だろう。イランほどの大国の王は、誰より先に、蒼天を飛行する術を極めるべきだと云った煽てに乗った。そして、七日七夜、智慧をしぼった揚句、或る朝、臣に命じて、二十|尋《ひろ》もある槍を四本、最も美味な羊の肉四塊、四羽の鷲より翼の勁い鷹を用意させた。
「それで何をしたと思召します?」
 宝石売は、膝を叩いて、独りでハッハッハッと大笑した。
「城の広場で、えらい騒ぎが致しますから、私も珍らしいことなら見落すまいと駆けつけますと、王自身が、世にも奇妙な乗物に乗っておられます」
 カイ・カーウスは、玉座の四隅に矛先に肉塊を貫いたその途方もなく長い槍を突立て、もう少しで肉に届く、然し、永久に二尺だけ足りないという鎖で四羽の鷹を、一羽ずつその下に繋いだ。
「お小姓が、酒と果物の皿を捧げますと、カーウスは、手をあげて合図をされました。いや、あの時の光景は、観た者でなければ想いもつきますまい。何しろ四方は山のようなんだからでございます。内房の女達まで覗いている。鷹匠は声を嗄して、四羽の鷹を励ましております。王は、得意な裡にも恐ろしいと見え、しっかり、頸の長い酒の瓶を握りしめておられる。気勇立つ鷹を押えていた男が、呼吸を計って手を放すと、昇った、昇った。王は、七日七夜の思惑通り、ふわり、ふわりと、揺れながら、玉座ごと地面の上から舞い立たれました」

        十五

「若しそれぎり雲の中に消えてしまえたら、イランの王の腰骨も、あれほど痛い目には会わなんだでございましょうに……」

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