他の三四人の姿が見えると、彼は、慌しく坐りなおし、額と両掌とを床にすりつけて跪拝した。スーラーブは、拡げられた敷物の上に坐った。坐が定まると、宝石売の男は、黒い釣り上った胡桃形の眼を素ばしこく動かし、スーラーブの顔色を窺《うかが》い窺い、仰々しく感謝の辞を述べた。そして、卑下したり、自分から褒めあげたりしながら、荷嚢から、幾個《いくつ》もの小袋を引出し、特別に調えた天鵞絨《ビロード》の布の上に、種々の宝石を並べた。それを引きながら、スーラーブの前に近く躪《にじ》りより、下から顔を覗き、身振をし、宝石の麗わしさ、珍らしさなどを説明する。
スーラーブは、寧ろうるさく、速口の説明をきき流した。けれども、流石《さすが》に、宝石の美しさは、彼を歓ばせた。
小柄な黒い眼の男が、器用にちょいと拇指と人さし指との先につまんで、日光に透し、キラキラと燦めかせる紅玉や緑玉石、大粒な黄玉などは、囲りの建物の粗い石の柱、重い迫持と対照し、一層華やかに生命をもち、愛らしく見える。母のためにと思って、スーラーブが蕃紅花《サフラン》色の水晶に目をつけると、商人は、いそいで別な袋の底をさぐり、特別丁寧に、羊の毛でくるんだ一粒の玉を出した。
十四
彼は、ありもしない塵を熱心に宝石の面からふき払うと、それをスーラーブの眼の前につきつけた。
「如何でございます。これこそ、若い、勲《いさおし》のお高い君様になくてはならない、という飾りでございましょう。御覧なさいませ。ただ一色に光るだけなら、間抜けな奴隷女の頸飾でもする芸です。ほら」
商人はうまく光線を受けて、虫の卵ほどの宝石をきらりと、燐光のような焔色に閃かせた。そのまま一寸光の受け工合を更えると、玉は、六月の野のように、燃る肉色や濃淡の緑、溶けるような空色、深い碧をたたえて色種々に煌《かがや》く。
「この一粒が、百の、紅玉、緑石に当ります。イランの王は、この素晴らしい尊さの代りに、失礼ながら私共の嚢の中では屑同様な縞瑪瑙《しまめのう》に、胎み羊二十匹、お払いなされました」
彼は、狡く瞼も引下げ、悪口でスーラーブに阿諛《あゆ》した。シャラフシャーに、珍らしい蛋白石を手渡していたスーラーブは、その言葉で、俄に心が眼醒めたようになった。彼は思わず男の顔を見なおし、唾をのんだ。そして調子を変えまいと思って、却って不自然な、低い物懶
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