「気がおつきでなかったのだろう」
スーラーブは、何だかいつもとは調子の違う気のない母の応答ぶりに注意を牽かれた。何処となく堅くなり、強て興味を唆《そそ》るまいとし、一刻も早く話題の変るのを希っているようにさえとれる。彼は宝石の面に吸いよせられていた瞳を辷らせて、母の様子を見た。ターミナは、自分も一緒に珠の美しさに見とれたように、下目はしているが、顔には、張り切った注意と一寸した彼の言葉にも感じそうな鋭い神経があらわれている。――
スーラーブは、膝の上に肱をつき、屈《かが》んでいた体を起した。急に湧き上った疑問に答えて、彼の頭は、種々の推測を逞くしだした。第一、この地方で土耳古玉は、珍奇な宝玉に属する。母の意味ありげな素振は、何か、この珠の由来に特殊な事情のあることを告げているのではないだろうか。母のこれ迄の生涯で、若し特別な出来事があったとすれば、それは、自分の何より知りたいこと、知りたい人に、連関したものでなければならない。
スーラーブは、胸の底に熱いものの流れ出したのを感じながら、凝っと、俯向《うつむ》いている母を眺めた。
愈々時が来たのか? 余り思いがけない。あんなに隠され、かくまわれていた秘密、或は神秘と呼ぶべきことが、これほど偶然の機会で明されるのかと思うと、スーラーブは、妙に、信じかね、あり得べからざることのように感じずにはいられない。
八
考えているうちに、彼の心には次々に、新な疑問が起った。かりにも母が、その飾りを身につけていることが、却って、スーラーブを、思い惑わせたのである。万一、自分の想像が当り、見知らぬ父と関係あるものなら、彼女がそれを頸にかけるという一事だけで充分、その人の価値と、母のその人に対する愛を示されたということになる。ところが、案外の勘違いで、母のまごつきは、その宝石が、娘らしい物欲しさから、祖父の許しを得ず、そっと織物とでも換えたものだという、思い出から出たのかも知れない。
いつ? 自分だけの考えに沈み、スーラーブは心付いて、四辺の沈黙の深さに愕《おどろ》いた。
何とか口を開こうとした拍子に、彼は一つのよいことを思いついた。彼は、要心し、母を脅かすまいためわざと軽く、冗談めかして、
「ねえ母上、私には、その土耳古玉が、不思議にいろいろのことを考えさせますよ」
「――どうしてでしょうね」
スーラ
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