タムは、ギーウの友愛に、辛い感謝を感じた。二人は、連立ってルスタムの天幕に戻った。その夜深更まで、二人は協議を凝した。それは、全く、ギーウが云ったとおり、予想もし得なかった問題についてであった。――ルスタムが、若し明日の決戦で再び立てなくなった場合には、どうするという善後策である。ギーウは、燈の油が尽きかける頃迄いた。ルスタムは、ギーウが帰ってから臥床に横わり燈を消し、永いこと闇を見つめていた。
ちょうど彼の眼の見当に一筋天幕のすきがあり、そこから、顫える銀糸のような繊い月光が流れ込んでいた。ルスタムは、さっき神に捧げた祈りの答えは、何故ともなくその月のやさしい清い光波に乗って来そうに思った。飽ることなくその点を見守っているうちに、精神は空に移る月の通り下へ、下へと降り、静謐な、堪忍強い力に落付いた。半《なかば》睡りかけたルスタムの心にふと「明日は大かた」というような文句が湧いて消えた。彼は、はっとして目を瞠り四辺を見た。月光は先刻よりやや低いところから、短い蕁麻の葉を浮き上らせ、地面にずっと流れている。ルスタムは溜息をつき、年よりらしい寝返りを打った。
第三日目の暁は静かに来た。東雲頃迄空は平穏で、消えのこった淡白い星に涼しい風が渡った。ところが、太陽が登るにつれ、黒雲がツランの陣の後方から湧き上り、雷鳴を伴った珍しい朝の驟雨がかかって来た。
ポツリ、ポツリ、ルスタムは天幕を打つ雨の音をきいた。間もなく幅広い、天地を押しつつむようなサッサッ、サッサッという雨脚が迫って来ると思うと四辺は濛々煙るイランの俄雨につつまれた。雷の音、激しく天幕から雨滴のしたたる音。天幕内の地面に、砂が押流され幾条も小溝が掘れた。やがて、雨が遠のいた。天幕を打つ音が軽く、軽く、だんだん小さくなって来た。同時にがやがや外に人声が!
「あ、虹! 虹!」
と呼ぶのが耳に入った。ルスタムは、天幕を出た。そして、多勢の兵等が眺めている方角に眼を遣ると、彼は思わず、
「ほほう!」と感歎の声を放った。
四十八
虹は、ちょうどイラン軍の真後の地平線に、壮麗な光輪のようにかかっていた。七色の縞が鮮かに見え、ルスタムの処から眺めると、数多いイランの幕営が、優しく小さく群てその晴やかな光の冠に抱き込まれているように思えた。彼方の地平線は、まるで別なところのように宏大に見える。遠い曠原
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