くと、ルスタムは、威勢よい若者に、焦々した憎悪を感じた。当然自分が応えるべき位置にあるという責任感と、先天的な好戦慾に駆られ、ルスタムは、出陣の時自分の申出した約束にも拘らず、信念に満ちた風采で、両軍の中央にのり出した。
 彼は、イランの前面を通るとき、ギーウが、面覆いの間から、驚愕の色を顕わして自分を見たのを認めた。老人の意地の現われた眼つきで、ルスタムは、真直にスーラーブの前に騎りつけた。そして、好意のない脅しつけるような声で云った。
「王に戦いを挑まれたのは卿か! 王自身が出会われるには、卿の年が若すぎる。儂が相手をしよう」
 ルスタムの露骨な青二才奴、という毒々しさをまるで感じなかったように、ツランの若者は真面目に、偽の無さそうな眼で、ルスタムを瞶めた。そして、作法に従い、鉾を鞍の前輪に立てて、云った。
「年は腕の力できめよう」
 二騎は、更に広い場所へと騎ったが、その間、ツランの若者は、ルスタムに不快を与えるほど、彼の顔その他を注意して幾度も幾度も此方を視た。眼に何か絡みつくような、ねつい表情があり、ルスタムのやや粗暴になっている感情にうるさい思いをさせる。空地の中頃に来、空一杯降注いで来るような両軍の鬨の声の裡に、ルスタムはイラン勢を背に負い、ツランの側にツラン人は立った。ルスタムは、偉きな躯を鞍の上で一ゆすりし、鉾とりあげ「さあ! 勝負!」と、それを持ちなおした。ツランの若戦士も、自分の鉾を執りなおした。がルスタムの顔ばかり見、さし迫った声で、
「卿はルスタムではないか?」と囁くように問いかけた。ルスタムは、殆ど返事をせず打ちかかるところであった。小癪な若者奴! ルスタムならどうしようというのだ。老人の俺を狙って功名しようというのか。昨夜、誰が、どんな気持で貴様を一目見たいと出て行ったか。生意気な浮薄な貴様に解りもしまい! 彼は、恐ろしい目をしてスーラーブを睨み据た。「余計な穿鑿《せんさく》は勝ってからにしろ。ルスタムが貴様の相手をすると思うか」憤りと悲しみと混り合って突き上げて来たルスタムは、唸りを立てて鉾を打ち下した。ツランの若者は、すばやく馬を躱《かわ》して左手から、ルスタムに攻めかけて来た。

        三十九

 怒ったルスタムの鉾先は猛烈を極めた。暫く、スーラーブは、やっと身を躱した。彼は、その戦士が老人であるのを認めた時、既に心の平
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