しい女子失業者は、同じく第二十五条「国民は総て勤労の権利を有す」という条項を、ただ書かれた文字として読んでいるだけではない。
 日本の真の民主化のために、なお封建的なのこりものの多く容認されているこの草案は不備なものではあるけれども、それでも、人民の権利と業務との規定では、これまでの日本憲法に明記されることのなかった民主的要素をもっているのである。
 この草案と照し合わせて、私たちの現実を見まわしたとき、すべての人民は、せめてここに云われている範囲までぐらい自分たちの生活が向上されなければ、これでは全く「人」以下だと思わざるを得ない。
 私たちが、人として、故なく奴隷的労働や、その意に添わざる苦役をしないでよいことはこの草案にも云われている。かりに、この草案が決定したとき、政府はこれらの条項に対して、すべてが反対というに近い現実に対し、本当に、どうしようと思っているのだろう。この疑問は、幼稚な言葉であらわされるが、全く、どうしようと思っているかしら、と思う。
 もう何年も、私たちは生きてゆくそのことを、自分たちの努力と分別とでやって来た。政府の力には、見当がついている。
 今回の総選挙が、私たち全人民にとって深い関心事である所以はここにある。選挙前にこの草案が公表されたことは、或る意味がある。長い封建の習慣と、戦争中の圧迫とで、自分でものを考え、判断する癖さえ失くしている日本の多数者に、少くとも「人」は、どのような生きる権利をもっているかという標準を示した。その標準と、今日の底をついた非人間な実際との間に、どんな解決の道があるのだろう。そこに、誰しも新しい政府を思い、その順序として選挙を思い、しかも、真に人民生活の向上をはかる実力ある、自分たちの政治を渇望するのである。偽りない主権在民を、実現したいと思うのである。その現実の力のつよさで、戦争というものの根絶された日本の民主生活の完成を見たいと思うのである。
 すべての人民が、今や自分の分別によって「人」たらんとしているのであるけれども、特に、青少年、婦人にとって、この選挙は、深い深い意義をもっていると思う。国民の中で、最も無権利である女性と青年たちが、戦争の最もひどい犠牲となった。働き盛りの男子が、赤紙一枚で数百万人も殺されたということは、じかに婦人と青年たちの生活の負担となって来ている。平和を確保し、人民社会を建
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