ている。その時刻、人どおりはちっともなかった。青葉の陰翳が肩に落ちて来るようなしっとりしたその道を何心なく行くと、ひょっと白い大きいものの姿が見えておどろいた。極めて貴族的な純白のコリーが、独特にすらりと長い顔、その胴つき、しなやかな前脚の線をいっぱいにふみかけ、大きい塵芥箱《ごみばこ》のふたをひっくりかえして、その中を漁っているのであった。人気ない樹かげと長い塀との間の朝の地べたから巨大な白い髄が抽け出たような異様さで、その脚元にくさったトマトの濃い赤さ、胡瓜の皮の青さ、噎えたものの匂いをちらばしている。
 通りすぎようとする人影に、コリーは同じほどの高さでその顔を向けた。
 細いニッケル鎖の首輪が光った。そして、睫毛が長い、というような眼付で凝っとこちらを見ている。
 すこし行ってもう一度ふりかえったら、コリーはまだそこにいて、同じような姿勢のままこちらを凝っと見ているのであった。
[#地付き]〔一九三九年十―十一月〕



底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:「都新聞」
   1939(昭和14)年10月30、31日、11月1日号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
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