に居たんだ。通る人だれの足許にでもついてゆきそうにして居た。ね、パプシー」
「いきなりつれていらしったの?」
「いいや、暫く話をして居た。Here, Here, Puppy, give me your hand, give me your hand. なるたけ英語で喋った方がいい。」
[#ここで字下げ終わり]
見ると、稍々《やや》灰色を帯びた二つの瞳は大して美麗ではないが、いかにもむくむくした体つきが何とも云えず愛らしい。頭、耳がやはり波を打ったチョコレート色の毛で被われ、鼻柱にかけて、白とぶちになって居る。今に大きくなり、性質も悠暢として居そうなのは、わるく怯えないのでもわかる。
私は
[#ここから1字下げ]
「置いてね、置いて頂戴ね」
[#ここで字下げ終わり]
とせびり出した。
[#ここから1字下げ]
「裏の方で遊ばせましょうよ。ね、首輪がついて居ないから正式に何処の飼犬でもなかったのよ。ね、丁度みかん箱も一つあるから。」
[#ここで字下げ終わり]
良人は、
[#ここから1字下げ]
「どれ」
[#ここで字下げ終わり]
と仔犬を抱きあげ、北向の三坪ばかりの空地につれて行った。私も後をついて出た。
地面におろすと、仔犬は珍しいところに出たので、熱心に彼方此方を駆け廻った。
小さいつつじの蔭をぬけたり、つわぶきの枯れ葉にじゃれついたり、活溌な男の子のように、白い体をくるくる敏捷にころがして春先の庭を駆け廻る。
私は、久しぶりで、三つ四つの幼児を見るように楽しい、暖い、微笑ましい心持になって来た。子供の居ない家に欠けて居た旺盛な活動慾、清らかな悪戯、叱り乍ら笑わずに居られない無邪気な愛嬌が、いきなり拾われて来た一匹の仔犬によって、四辺一杯にふりまかれたのだ。
私は少しぬかる泥もいとわず、彼方にかけ、此方に走りして仔犬を遊ばせた。馴れて裾にじゃれつき、足にとびかかる。太く短い足の形の可愛さ。ぶつかって来る弾力のある重い体。ふざけて噛みつく擽ったさ迄、私には新鮮な、涙の出るような愉快だ。
良人は縁側に出、いつの間にか
[#ここから1字下げ]
「マーク、マーク」
[#ここで字下げ終わり]
と云う名をつけて仔犬を呼んだ。
マーク。アントニーを思い出し私は微笑した。夏目先生のところであったかヘクターと云う名の犬が居たのは。――
此仔犬は、アントニーと云う貴族的
前へ
次へ
全5ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング