金は五十万円ぐらいで、自殺であるとそれっきりであるが、他殺であるなら殉職として、国鉄公社のしらべによると最低百万円をくだらないことになる。
 故人は機械科出の技術者であった。そのポストが大整理という苦しい仕事に当面していず、たんまり利権の汁につかっている実利の地位であったのなら、いまの腐敗した政党人たちが、何でおとなしい技術出の個人にそんな椅子をゆずっておこう! 民自党の本質的なこわさが、故人の運命をアーク燈の光のように照し出している。したがって、故人の遺族は思いがけなく主人の身の上におこった悲劇によって、妻は主婦として行手の寒さに身をふるわせ、子息たちは、アルバイト学生の境遇を、自身たちの明日の身の上にうけ入れにくく思っただろうということもありえないことではない。良人をころし、父を失わさせたのは非人間の権力人事そのものであった。国鉄の名もない被整理従業員たちのだれかれの一家の、妻や子や年よりのおどろき、怨み、歎きとその本質は一つもちがうところのない恐慌が、故人の一家をおそったであろうという想像も許されるだろう。けれども、それに対してとられた抵抗と防衛の手段は、故人の官僚としての地位の
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