崎潤一郎の最近書く物語的作品を主観的作品としている研究を読んだことがあった。
その論文はたいして長いものではなかったが深く私の興味を動かし、かつ一つ二つの疑問があって注意をひいた。雑誌から切りとって、しまって置いた。ところが、昨年のごたごたで、その切りぬきは無くなり、私はどうしてもその研究者の姓名を思い出すことができない有様となったのであった。
四
ところが、二三日前ある本をさがしに東京堂へ行ったら「文章学・創作心理学序論」という一冊の本が目につき、目次を見ると、文章の類型と作家という章に谷崎潤一郎氏と志賀直哉氏という項があり、今度の本の著者波多野完治氏が当時その研究を一部発表されたものであったことがわかったのであった。
新しくされた興味をもって、その本の三分の二まで読んだ今日の感想で、私は多く学ぶところがあり、同時にもとその論文の一部を読んだ折にも漠然と私の心に生じた疑問がある点つよめられ深められた。
著者は、文章学というものが過去の修辞学と異なったものとしてうち立てられる現代の必然性を大体次のように要約されている。
「現代の文章は何よりも先ず、自己の
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