うかしたように、少しかすれた声で、小さい子供たちに、おや、いらっしゃいまし、と云った。そういう声で、おゆきは赤門の門番をしている夫の浅吉のことを、あっさん、あっさんと云って話した。あっさんがね、お前さん、こういうんだよ、いけすかないったらありゃしないじゃないか、ねえ、などと笑いながら、ついて来た女中と喋っているおゆきの話しかたが、六つ七つの女の子の興味をそそった。うちでは、おゆきのように話すものがなかった。あっさんとおゆきがいるだけで、子供のいない家というのも珍しかった。
 浅吉は、昔、祖父の俥をひいていたのだそうだ。祖父が田舎へひっこむについて、大学の赤門の門番になった。わたしたちの知ったとき、もう浅吉の木菟のようなふくらんだ頬っぺたには白く光る不精髭があったし、おゆきは、ばあやさんと呼ばれていた。
「ねえ、おゆきばあや、あっさんは赤門にいるの」
 縫物をしているおゆきのわきにころがって小さい女の子は質問した。
「そうですよ」
 おゆきは、縫っていた糸を歯できって、つぎのしるしにまち針をうちながら、
「あっさんは赤門。きのうも赤門、きょうも赤門てね」
「赤門でなにしてるの?」
「腰か
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