わせた。
菊見せんべいの手前に、こまごまと軒を並べている小商人の店と店との庇あわいの一つの露路をはいってゆくと、その裏は案外からりと開いていて、二間、三間ぐらいの一軒だてがいくつかあった。その右のはずれの一軒が、おゆきばあやの住居だった。
小さい根下りの丸髷に結って、帯をいつもひっかけにしめているおゆきは、その家で縫物をしていた。おゆきが針箱やたち板を出しかけている部屋のそとに濡れ縁があって、ちょいとした空地に盆栽棚がつくられていた。西日のさしこむ軒に竹すだれがかかり、風鈴の赤い短冊がゆれていて、なめたようにきれいな狭い台所口があいていると、裏の田圃が見えた。おゆきのうちには、猫がいた。
子供たちは、菊見せんべいへ行くとき、一緒に来る大人が母でさえなければ、おゆきのうちへよることが出来た。きょうは駄目ですよ、お母様がまっすぐ帰れとおっしゃいましたよ、と抗議が出ても、ちょっと! ほんとにちょっと! と、わたしは露路を曲った。おゆきの家と、そこに住んでいる、おゆきと浅吉とは、面白かった。
根下りの丸髷に結って、長煙管でタバコをのむおゆきは、不思議にうす黒い顔をしてやせていた。喉がど
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