けて、うちわでもつかってるんでしょうよ」
「ふーん」
 どうも不思議だった。いつか赤門をとおったとき、ここに浅吉がいるはずだよ、と母が、入ってゆく右手の門番のところをちょっとのぞいた。けれども浅吉はいなかった。いないね、と云ってそのまま行く母について歩きながら、わたしには赤門にいなかった浅吉の印象が刻まれた。浅吉が赤門にいるということに、わけのわからないところがあった。
 浅吉はいくらかこわくもあった。お盆のとき浅吉とおゆきとは連立ってお中元に来た。こまかいたて縞のすきとおる着物にうすい羽織を着た浅吉は、白扇をパチリ、パチリ鳴らしながらあんまり物を云わず、笑いもせず、木菟のような眼の丸い頬ぺたのふくらんだ顔で坐っている。そのすこし斜うしろにぺたりと薄い膝で坐った根下り丸髷にひっかけ帯のおゆきが、浅吉をあおいでやるのか、母へ風をやるのか分らない団扇のつかいかたをしながら、
「ほんとに、うちのあっさんたら、正直なばっかりで一刻もんだもんですからねえ、つい二三日前もね、奥様」
という工合で、いつまでも喋った。そういう日には、浅吉とおゆきとだけ別のところで一つお膳でお酒をのんだ。その仕度はおゆ
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