れは六十路を越したる爺にて候」
と、平伏し逃げかけるところで、復讐さえしそこなった小町の絶望困惑身を置くところも知らない爺とに、悲哀の籠った滑稽を味わせるもよし。又は、後半の狂言風な可笑しみで纏め、始めの自責する辺などはごくさらりと、折角、一夜を許し、今宵の月に語り明かそうと思えば、いかなこと、この小町ほどの女もたばかられたか、とあっさり砕けても、或る面白味があっただろう。
 行き届いて几帳が立ててあるのだから、深草少将が庭先に入って来た時だけでも、そのかげに半ば隠れ立って、自らな女らしい心のときめきを示してもよかったろう。後で身代りと露見した時の小町の驚き、憤りを、一層愛らしい人間的なものにする効果もある。
 お里や早瀬の時には心づかなかったが、小町になって、少将が夜な夜な扉を叩く音が宛然、我身を責めるように「響く」と云うのを、宗之助は、高々と「シビク」と云った。無神経はよろこばしくない。
[#地付き]〔一九二三年七月〕



底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
初出:「新演
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