られている短篇でよいと思ったのが沢山あり、そのどれもが――例えば「棕」「質問」「時代」「巡査」など皆、その一種のユーモアによって印象に残されている。そのユーモアの網野さんが生粋の都会人であることや、細かい神経を持っていることや、一抹の淋しさを漂わした感情の所有者であることなどが直に窺われる。都会人らしい――それも町家の――心持に教養の加った気分で生活している間に、ひょい、ひょいと人生の明暗に触れる。そこにあの静かな少し淋しいようなユーモアが生じる。網野さんの芸術には勿論他に種々の要素があるとしても、この点はかなり主な独自性の一つだと思う。まあ例えば地味な色糸で繍った玉繍いのように粒一つが入念な筆致と、そのユーモアとが結びついて澄んだ心の境地を示している場合、小さい作品でも味が深い。同じ集の中の「海」などという沈んだちっとも上皮のきらつかない美がある。

          四

 暗くなってから、私共三人は百花園を出た。百花園の末枯れた蓮池の畔を歩いていた頃から大分空模様が怪しくなり、蝉の鳴く、秋草の戦ぐ夕焼空で夏の末らしい遠雷がしていた。帰りは白鬚から蒸気船で吾妻橋まで戻る積りで、暗
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