し方」
「ほんとう?――でもこんな本の広告に啄木の歌を使う時代なのね」
 すると、Yが低い声でその歌をよんでいたが、
「――どうです――皮と身と離るゝ体我持てば――っていうのは。下の句をつけませんか」
「そうね……」
「何がいいでしょう……あ、こんなのはどうでしょう」
 網野さんが云わない先から自分の考えのおかしさにふき出し、袂で顔を抑えながら笑い笑い、
「利殖の本も買ふ気になれり」
と下の句をつけた。
「え? 利殖の本も買ふ気になれり?」
 ははは! それは傑作だ、と私共は涙の出る程大笑いをした。
「皮と身と離るゝ体我もてば利殖の本も買ふ気になれり」
 うまかったな、網野さんはなかなかうまい、と百花園のお成座敷の椽でお茶を飲みつつ更に先夜の笑いを新にしたのだが、その時網野さんのユーモアということが、作品にもつづいて私の頭に浮んで来た。
「皮と身と離るゝ体我持てば利殖の本も買ふ気になれり」
 思わず――その体の持主が私共だということ、それに利殖の本を結びつけた機智の面白さ――笑ってしまう滑稽さがあるが、このユーモアには何処やら淋しさがこもっているようではないか。小説集『光子』の中に集め
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