であった。六日に麹町の網野さんのところまで誘いに行った。往きに私の歯医者を紹介する約束があった。飯田橋で三時すぎYと落ち合い、万世橋行の電車に乗った。
「網野さんに行く先まだ秘密なのよ」
「え?――何処です――銀座の方じゃあないんですか」
「違うらしいわ」
網野さんは九月中から暫く東京を離れることになっていた。ただ御飯を食べるだけでも詰らないからと私共は或る相談をしたのだ。乗り換えて浅草近くなると網野さんは、
「ああこの辺へ来るのは久しぶりで何だか嬉しい」
と云った。それをきき私共は安心し一層愉快を感じた。雷門で下車。仲店の角をつっきるとき私は出会頭、大きな赤い水瓜みたいなものをハンドルに吊下げて動き出した自転車とぶつかりそうになった。破《わ》れる、と思わず瞬間ぎょっとしあわてて避けたはずみに見ると、それは水瓜ではなく、子供の遊戯に使う大きな赤革のボールであった。赤い皮の水瓜などない筈だが、この頃どの店先でも沢山水瓜を見、自分達で食べもするので夏らしい錯誤を起した。笑って歩いていると、Y、一人ずんずん駒形通りへ曲りそうに歩いて行く。私までおやと思った。
「あすこから乗るんじゃあなかっ
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