たんですか」
「――そうだと思っていたの……」
 Yは大きな看板を上げているツウリングのガレージが目的であったのだ。
「百花園」
と事務員が運転手に告げた。それが私共の耳にまで通った。
「あ、分っちゃった」
 網野さんが首をちぢめ、例の小ちゃい金冠の歯が光り、睫毛の長い独特の眼が感興で活々した。
「行きましたか? 近頃」
「いいえ、でも行く前に一遍来たいと思ったんです」
 堤を行くとき、
「言問《ことと》いでこの頃洋食をやっているんですってね」
と網野さんが云った。
 荒れの後だし、秋が浅すぎるので百花園も大したことはなかった。萩もまだ盛りとゆかず、僅に雁来紅、百日紅《さるすべり》、はちすの花などが秋の色をあつめている。然し、人気なく木立に蝉の声が頻りな中に、お成座敷の古い茅屋根の軒下に繁る秋草などを眺めると、或る落付きがある。私共は座敷にある俳句を読んだりした。
「どうです? 一句――」
 呑気に俳句の話が弾んだ。
「百日紅というのだけは浮んだんですけどね、下の句でなくちゃね」
 網野さんが一寸本気になりかけたので皆笑いだした。すると、それにつづき、
「この間の皮と身と、はどうです、
前へ 次へ
全12ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング