などが論ぜられている。そもそも批評とはどういうものであるかということを今日の事情の中で再び見きわめようと努力せずに、当今の批評家なり批評なりが規準を失い指導性を失っている、その現象を、その現象の枠内で論じている形であるのは遺憾である。
座談会記事のこの部分の小見出しは「批評家に従わぬ読者」とつけられている。しかし語られている現実について見ると、ソヴェトの文化の質的向上は、一見批評性の否定を意味するかのようなその小見出しの字面とは反対に、或る社会では、健全な社会性というものと文学作品に対する批評性とが一致して発露し得るという明るい現実の可能を示しているのである。
ソ連の作家生活にも、あまり金のとれぬ作家と沢山金のとれる作家との差別はあるだろう、という話が出ている。それは当然あること、並に作家活動と社会への功績の理解との融合を除村氏は答えとして与えられている。私がソ連の作家生活の幾分を見聞したのは第一次五ヵ年計画以前のことであった。その頃でさえ、全露作家協会の共同金庫は、生活に余裕ない作家の生活援助のために保健費を出したり、原稿料の一部の前借を計らったり、消費組合をもって燃料、織物など
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