琴平
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)女郎花《おみなえし》
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朝、めをさまして、もう雨戸がくられている表廊下から外を見て私はびっくりしたし、面白くもなった。私たちの泊った虎丸旅館というのは、琴平の大鳥居のほんとの根っこのところにあるのであった。廊下から眺める向い側の軒下は、ズラリと土産ものやである。いろんなものが、とりどりにまとまりなく、土産物やらしく並べたてられている。
私たちは、ゆうべ十二時すぎに琴平駅についたとき、くたびれ果てていた。迎えに出てくれた人が、へこたれている私をからかうように、
「宿がすこし高いところなんですが」
と云った。もうすっかり街すじは暗く、暗い街なみを圧して、もっくりとした山の黒い影が町にのしかかっていた。山裾の町というなだらかな感じはしなくて、動物的に丸いようなもっくりした山の圧迫が、額にせまって感じられた。暫く歩いているうちに石段にかかった。すこし石段をのぼって一寸平らなところを行って、又石段になった。ずっと昔、長崎の夜の町を歩いたとき、灯の明るい、べっこう屋のどっさりある通りがこんな石段道であった。
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