調な爪先のぼりの道中は何のためだろう。いじらしい人間の心を食い、無事息災をいのる心でたつきを立てるならば、せめて、年よりの足にたやすい方便を考えてもよいだろう。こういう願かけに、義弟の尊い生命の安危をたくしかねる私の心は、素朴な憤りにふるえた。こういうあわれな仕草で、自分の思いを表現するしかない人民の立場、しきたりが心に刻まれたのであった。
 そういう憤ろしい思いで雨の中をのぼり下った琴平の大鳥居の下に、こういう小道や公会堂があって、暗いやるせない信心とはまるでちがう新しい気運が、そこで開かれている会合で活溌に表現されている現在が愉快であった。こういう著るしい歴史の対照のもとで、琴平の町が私の生活に再び登場して来ようとは思いもかけなかった。そういう心もちは、琴平の裏町のこまやかな風景をすなおに私に感じさせるのであった。
 次の夜、雨の中を、おそく、電車から降りた。子供づれの友人の妻君も一緒で、石段がこれからはじまろうというとき、私は、
「ちょっと、ちょっと」
と、宿の提灯を下げて先に立って行ってくれる友人の一人をよびとめた。
「どう? くりぜんざいというものがあるんですがね、平気ですか
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