て薬玉のようになって細殿の暗い方に消えて行く、一番しんがりの一群の男のささきげんでつみもなく美くしい直衣の袖を胡蝶のように舞の引く手、さす手もあやしげにやがてその影も小さくなった時月の影の一人さまよう階をおりて桜の梢をうっとりと女君の色紙の墨の香に魂をうばわれること小半時、やがて夢さめたようにそのうたをくりかえしながらとつかわくきびすを返す人をと見ればその美くしい姿はまがいもない光君であった。

        (三)[#「(三)」は縦中横]

「此の間の宴の時に五番目に居た女君は、よく噂に出る紫の君って云う人なのかしら」
 くつろいだ様子をして絵巻物を見て居た光君は、はばかるようにおもはゆげに誰にともなく云うと、わきに居た髪の美くしい年まがうけとって、
「エエ、そうでございます、大奥様の御妹子の御子で御両親に御分れなさってからこちらに御出になって居るんでございますよ。今年の始めに雪のある中を御出になりましたのですもの。女達は御いとしいと云ってねー、ほんとうに泣いたのでございますよ。ほんとうにいくら御姉妹が御有りだと云って彼の姉様なんかはまるで何なかたで却って妹様ばかり御苦労なさって居
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