て美しく見えて居る紫の君は扇で深くかおをかくして居ながらもその美くしさをしのばする、うなじの白さ、頬の豊けさ、うす紅にすきとおるような耳たぼ、丈にあまる黒かみをなだらかにゆるがせておぼろ月のかげを斜にうけ桜の色の□□[#「□□」に「(二字不明)」の注記]を匂わせて居るようすは何と云ったらこの美くしさは云いつくされるかと思われるほどで有る。男達はまぼしいものを見るように曲の多い管絃をはなれた心と目とをこの女君にむけて居た、けれどもまともに見ることは出来なかった。弟君、いくら美くしいと云っても人なみの心地と、若さにその若さをほてる様にドキンドキンと波うつあつい血しおを持って居た。一目見て「得がたい美しい方じゃあないか」若君の心の片いっ方にひそむ何し知れない虫はささやいた。その小さい虫は光君の目に糸をつけて時々紫の君の方にひっぱる、見る毎にそのかがやかしさはますますます、花の精が管絃の声にさそい出されて現れたのではあるまいかそれとも又春の月姫が天下ったのでは? と讚美する口葉の、丁度したののみつからない光君の心は人の世、この世の中にないものにまでそのめでたさをたとえて居たが若い頭の中を一っぱ
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