でない、するようには私自分で行ってするからとね……あんなに美くしくてやさしかった人をどうして……」
殿は泣きじゃくって居る童に云いつけて向うにやらせた。
涙の止まって気の狂いそうになった母君は何も云わず何とも考えることも出来ないで、ぼんやりとしたかおをして、泣きたおれて居る沢山の美くしい衣の色を見て居る。女達のかおは涙に白粉がはげていたいたしく見えている。
「そんなにおなきでない……あんなに美くしい人をなくしてしまったのは皆私達が悪かったばかりなんだから、ネー、そうお思いじゃあないかい。お前達の涙であの美くしい人の色をあせさせるといけないから――どうぞ」
そう云いながら自分も涙にぬれたかおを袖でかくしながら、
「母様、西の御殿にかえっておやすみあそばせ、あとは私がいい様にとりはからいますからネー」
わきに居る女に目くばせして、
「つれて行ってお上げ」
と云ったので、地味な色とはでな色の二つの着物はさびしいなにかの影を追う様に西の御殿へ細殿をつたって行く、西の御殿の女達は夢からさめた様にそのあとにつづいた。光君の部屋に居た女達は今更とりみだした様を気がついたように入ってしまった。あとにはだまってかなしみのためと絶望のために青白いすごいほど美くしくなった紅が、だまって胸を抱く様にして坐って居る。殿も、そのわきに他の女よりも強いかなしみにとらわれて物狂おしい様な紅の様子を、前からの事に引きくらべてよけいかあいそうにおもわれたのでなぐさめるつもりで、
「気をしっかり持って御呉れ、紅、人の命がはかないものだと云う事、人間と云うものは弱いものだと云うことは御前も前から知って御いでだろう……悲しい事つらい事は人を玉にするみがきだと御思い。御前はまだ若いんだもの、末にどんなに楽しいうれしい時もあるんだからネー、私は口ばかりでなく、心から御前の心のかなしさを同情して居る人の一人なんだからネー」
やさしい思いやりのある声でさとして、殿はマーブルのようにかたくしまった女のかおをのぞき込んだ。
「私はあの人の可愛らしい霊がしずかにやすまって居られる様にしなくてはならないのだからネ、私はこれから池に行って見るから……」
悲しい心にさわる事を気づかう様に云う。
「まことに恐入りますが……私もお連れ下さいませ。御心配には及びませんでございます、もう落つきましてすから」
はっきりとし
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