つめたい水の中も情ない人の世よりはあたたかいと思ったと見える……人なみよりも勝れて美くしい人は命が短いと云う昔からの定規に彼の人ももれなかった」
殿はさとすようにまた人の世の定まった情ない事をさとすように云い終ってそっと目をとじる、耳のそばでは形のないものが、
「来るべき筈の運命ときまって居たことを今更歎くことは、あんまりおろかすぎる事じゃあないか?」
斯う云うようにきこえた。涙は目からポロポロ頬をつたわって落ちる。散った花のように身をなげ出して声をおしまず女達の泣いて居る間に紅一人は目をとじてうつむきもしずそのはっきりしたかおを蝋のように青くなって気を失ったように身うごきもしない。母君はふるえた声で、
「みんな私の心弱いためにね――ほんとうに大変なことになってしまった。そうわかった時に私が口をきいて早くまとめてしまえばよかったものを、ほんとうに……かんにんして御呉れ」
こんなことを云って母君は今更のように涙をながした。
殿は、みどりの髪をながく水底にわだかまらせて、白いかお、白い手をやわらかい娘のような藻はそっと包んでその間を赤い小老蝦はものめずらしそうに外の世界からフイに来たこの美くしい御客様のまわりをまわる。始め体の上にしんなりと被った紫の君の衣は藻のなびきにういてみどりの藻の上をうす紅の衣がただよって居る、その絵のような又とないものあわれな様子を想像しながら、
「美くしい人にふさわしい涙の多いは果ない最後であった、けれ共今更その骸をさらすのはあんまりむごいことで有る。あのままにしていつまでもそのしずかさをさまさないようにしてあげよう」
涙の中に殿はこれ丈考えたけれ共、母君は只泣くばかりでどうにもしようがなかった。只
「ほんとうにすまないことになった、私のために……乳母も紅もあんなに世話をして呉れたのに、どうぞこの生る甲斐のない母をうらんで御呉れ」
こんなことばかり云っていた。
「□[#「□」に「(一字不明)」の注記]業でございましょう、私の御世話をいたしましたのも若様の御なつき下さいましたのも生れる前から神の定めて御置きになったことでございましょう。私は誰も恨むはずの人はございません、只……只私の呪われた運命を思うのでございます……つくづくと……」
紅は斯う云ってはじめて涙をながした。
「御前行ってね、そう云って御呉れ、池は何にもかまって御呉れ
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