するようにだきおこした。夢と現のさかえに居た人はびっくりして目をあけると、美くしいかおにほのかな紅を染めて自分の体をしっかりかかえて居る。身をひいてどけようとしたけれども、その手をゆるめないでしっかりかかえたまんまで、
「御免、ほんとうに長い間いろいろ世話をやかせて」
 声ははっきりとして目はおだやかになって居る。
 紅はハッとした。「若しか若しか、今まで変で有ったのは、わざとして居たのではあるまいか」おどろきとよろこびにふるえながら、
「若様、御わかりあそばしますか、御気はたしかでございますか」
「わかりますかって? わかってるとも、美くしくてつれなくて――私は気がたしかときくの? たしかともたしかとも只私はかなしさに、なさけなさに……きれいなところは有るものをネエ」
 やっぱり正気にかえったのではなかった。
「ほんとうにネエ、私はまぼしいようなかがやきのある藻の林の中に身をしずめてじっとして居たくなってしまった。そしたら、ネエ、こんな悲しいことや辛いことは有るまいもの」
 しみじみと正気の人の云うように云って女をだいたままたおれてしまった。女はあわてて身をもがきながら、
「御はなし下さいませ、御はなしはどんなにでもうかがいましょうから」
 おだやかに光君は手をはなした。
「ネ、どうぞ私のことはいつまでも忘れないで御呉れ、ソラ、鳥がとぶ、雲がとぶ、心も――」
 光君のいつになくおっとりした口のききぶりや、しみじみとした口つきに紅はもしや何か変ったことはないだろうかとそう思われた。
「忘れはいたしませんとも、死にましても、どんなことがあっても忘れなんかいたしますもんか」
 光君はこのことをきいて安心したように立つと、又人形をだいてはなされないようにじっとそれをだきしめたまま、日は暮れてしまった。灯のかげに光君と二人の女は何も云わずに、何かに見込まれたように、またたく灯かげを見つめて居た。
「ネー若し、今日は若様はいつになくしみじみとね、涙の出るようなことばかりおっしゃって御いででしたの、もうほんとうにネー」
「マアそうでしたか、どうなさったんでしょうねエ。ほんとに御なおりになって下されば、私達もほんとうにどんなにうれしいか知れないのにネエ、やっぱり悪い神様がいたずらをなさっていらっしゃるんでしょうよ」
 乳母はこんなことをそぷ[#「ぷ」に「(ママ)」の注記]を向きな
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