わの深いかおに笑をあふれるほどたたえて成人した殿兄弟をながめて笑つぼに入って居る、この老人もこの席の中では目出つ人の一人で有るが明星の前の太陽のようにまばゆいほど目出つ二人の君が居る、一人は弟君、一人は紫の君で有る。家族の中の男どころか世の中すべての男よりも勝った美くしさとやさしい思をこの胸にたたんで居る弟君は誰もその名親のつけた名を云うものはなくてこの頃噂にたかい物語の主人公の名をそのまま呼んで「光君」、二十を一つ前の花ざかりの年で有る。
 殿の左かわには後室北の方、二人の姫、女房達花をきそって並んで居る、いずれも今日をはれときかざって念入りの化粧に額の出たのをかくしたのもあれば頬の赤さをきわ立たせた女も少くなくない。
 なまめいたそらだきの末坐になみ居る若人の直衣の袖を掠めると乱れもしない鬢をきにするのも女房達が扇でかおをかくしながら目だけ半分のぞかせては、陰から陰へ、
「マア御らんなさいませ、あの弟君を! マア何と云うネエ、……」
と目引き袖ひきするのもあるのを上からのぞく御月さま、「ても笑止な」と思うで有ろう。数多《あまた》の女達の中であざみの中の撫子かそれよりもまだ立ちまさって美しく見えて居る紫の君は扇で深くかおをかくして居ながらもその美くしさをしのばする、うなじの白さ、頬の豊けさ、うす紅にすきとおるような耳たぼ、丈にあまる黒かみをなだらかにゆるがせておぼろ月のかげを斜にうけ桜の色の□□[#「□□」に「(二字不明)」の注記]を匂わせて居るようすは何と云ったらこの美くしさは云いつくされるかと思われるほどで有る。男達はまぼしいものを見るように曲の多い管絃をはなれた心と目とをこの女君にむけて居た、けれどもまともに見ることは出来なかった。弟君、いくら美くしいと云っても人なみの心地と、若さにその若さをほてる様にドキンドキンと波うつあつい血しおを持って居た。一目見て「得がたい美しい方じゃあないか」若君の心の片いっ方にひそむ何し知れない虫はささやいた。その小さい虫は光君の目に糸をつけて時々紫の君の方にひっぱる、見る毎にそのかがやかしさはますますます、花の精が管絃の声にさそい出されて現れたのではあるまいかそれとも又春の月姫が天下ったのでは? と讚美する口葉の、丁度したののみつからない光君の心は人の世、この世の中にないものにまでそのめでたさをたとえて居たが若い頭の中を一っぱ
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