られ、今の殿が寝殿に御うつりになったと云うはなしでござりまするが」京から来る旅商人などにきかれてこの土地の一番年よりかぶの爺はこうこたえるのがつねで有った。
二人の女君もうとしごろ弟君も、比まれに姿も心も美くしく生い立ったので「よいよめ良いむこなりともさがさねばならず……」あとにのこった若い殿の後見をしながら段々年頃になって行く大切の三人の片はつけずばならず、末の長い弟君にも出来るだけ出世をさせたしと年をとってよけいに苦労性になった後室はそのことばっかりを苦にやんで居る。
「いっそ一思いに三人を京にのぼせようか」
とも思って見られたけれども「久しい間こんなところに暮して居て時にもおくれただろうから若ものに恥かしい思をさせるのも可哀そうだし」と思って心の内では「弟君には彼の紫の君でもめあわせて居候の兄弟には常盤の君と自分の見て置いた若くて、美くしい女房を、そして子でも出来たらこの子を京の身よりにたのんで育ててもらえば」と心にきめて、たるんだような心持で居ながらも、その淋しさを忘れようために花、紅葉、などの宴は、いつも晴々と行って居られるので有る。
祭にも出られず、出仕も出来ない若い男や女房はこの折々をそれにかえて衣服の見せっこ、きりょうのくらべっこ、をしてよろこんで居るので有る。
(二)[#「(二)」は縦中横]
片山里に住むとは云え風流ごのみは流石《さすが》京の公卿、広やかな邸の内、燈台の影のないのはおぼろおぼろの春の夜の月の風情をそこなってはと遠くしりぞけられて居るためで、散りもそめず、さきものこらず、雲かとまがう万|朶《ダ》の桜、下には若草のみどりのしとね、上には紅の花の雲、花の香にようてかすむ月かげは欄干近くその姿をなげる。
一刻千金も高ならぬその有様をまともに見る広間はあけはなされてしきつめられた繧繝べりの上をはすにあやどる女君達の小机帳は常にもまして美くしい。
正坐にかまえて都人の華奢な風を偲ばせて居るのは殿、その下坐に弟君、かかり人までこの宴にもれず、仮面もかぶらずにひかえて居る、それからは年の順、役の順に長年忠義劣りない家の子、家臣の一番上坐に、殿のみどり子の時からつかえて今に尚、この頃めずらかな業物を腰にうちこんで領地の見まわり、年貢のとりたてと心をくばる御主大切に自分の命を忘れて居る老人、さっきまでの苦労を夢のように、し
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