いに占領してはげしい形容詞をもとめて居る、美くしいと云う感情を満足させる事は出来なかった。紫の君の何も思わぬげなおっとりした目を見たせつなに「今に私の人になる人なんだ」
と思った光君の瞳はもえるようにかがやき初めた、その光のあるその目の前には美くしい、可愛い、忘れられない紫の君の姿をやわらかく包んでかげろうがもえて居る。そのかげろうの戦《おののき》といっしょに光君の心もかるくうれしさにおののいて居る。夢のように、いつの間にか今日の名残の春鶯囀も終って、各々の前には料紙、硯石箱が置かれた、題は「花の宴」
頭を深くたれて考え込むものもあれば色紙の泣きそうな手で遠慮もなくのたらせるものもある。書かれる可[#「可」に「(ママ)」の注記]は三十一文字だか四文字だか分らないがその勢は目立ったもので有る。若君はあふれた水を流すよりもたやすくそのみちみちた心のたったほんの一寸したところを墨の香をこめてかきながした、やさしい手でこす□□□□[#「□□□□」に「(四字不明)」の注記]色紙を形よくあやなして居る。
〔二行分空白〕
と云う歌を見つめながらうれしい心をしみじみと味わって居た。
後室の披露ははじまった、男君は誰よりも一番女君の歌のよいようにと祈って居た。自ぼれの強い女がこれならと自信をもって居た歌が一も二もなくとりすてられたのをふくれてわきを向いて額がみをやけにゆらがす女もあるし意外のまぐれあたりに相合をくずすものもあるなどいずれもつみのない御笑嬌で有る。この人達の中で月と日とのようなかがやきをもった二人の歌はよまれた。女は男君の歌の一番よいようにと男は紫の君の一番立派に出来るようにとのぞんで居た通り女君、男君の哥は美くしさの目立つと同じほどの力をもって居た。
〔二行分空白〕
と云うやさしい女性らしい哥の句をくりかえしながら人々は二人の仲をいろいろに想像しながら又、この栄の有る二人をねたく思いうらやましく思いながら一寸は賞讚の声を止めなかった。沢山のうたはその出来の順に下枝から段々上枝へとさげられた、一番高い花の梢に若い男がその女君の色紙をそうともちながらほうばいに抱かれてつるすのをうらやましく、あの手の指に身をそえたいと光君は思った、今日の宴も終となった。
人達は舞の手ぶり哥のよみぶりを批評しながらなごりおしげに桜の梢をふりかえりふりかえり女達は沢山かたまっ
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