かに啜泣きするらしい様子が女達の心を引きしめてだらしなく居ねぶるものなどは一人もなかった。
夜が明けて各々のかおがはっきり見えるようになると又かなしみも明るみにハッキリかおをだしてきのうの今頃と云う感じがたれの頭にでもあった。化粧もうっすり黒い衣をきなくちゃならないのがまだこの部屋に来てまもない女等は辛いように思われた。早い内に殿も身に喪服を着て、
「どんな様子だい、いくら悲しいと云ってもあんまり力をおとさないでおくれ」
斯う云われると今更のように涙が流れ出して云い合せに女は泣き伏した。
持仏の間の中では相変らず鐘の声と経の声がきこえる。
「誰だいあすこに入って居るのは?」
「紅でございましょう、昨夜は夜中入って居ったのでございます」
と云ったので戸を細目にあけて中に入ると香の香りのもやの様にただよう中に水晶の珠数をつまぐりキチンと坐って経をあげて居る横がおは紅にちがいない、貴いほど、気味のわるいほどひきしまった、すごい美くしい様子で有った。足音はしずかに衣ずれは立てわきに坐ると、殿はおどろいたように「オヤ」と云った。
無理ではない今まで丈にあまって居たかみは思いきりよく根元からきられてそのしとやかななで肩の上に、ぞっくりそろった末をゆるがして居る、そのつや、その香りはもと通り紫とかがやき紫の香りを立てて居るのがしおらしかった。
経は紅の口からまだほとばしって出る、まるでわきに人の居ないように……殿はその姿を絵像を見るような人間ばなれをした気持で見て居た。経の切れ目になった時、紅はつと坐を下って手を支えた。
「昨日はまことに……妙なものを御目にかけまして相すみませんでした、どうぞ御ゆるし下さいまして。御覧の通りになりますのに人にかくした、ことに殿様のようにいろいろ御恩になって居ります御方にかくした事が有ってはと存じましたので……」
ひくいけれども落ついた立派な態度と声でいった。乳母も髪をおろしてしまった。母君もおろしてしまいたいと云って居られる。こんな事を思った殿は、冷い風の吹いて来るような心持で、
「私は、御前のたれよりもまことの心をもって居て呉れたのを有難く思う、今まで有った事、私はその事についてしたお前の行がいかにも立派であったと思う。私は死んだ人にかわって御前のつくして呉れる心地を感謝するのだから――」
紅はだまってきいて居た。
「有難うござい
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