炭置場と犬小屋がある。その辺の土は、朝の霜柱もとけきらずに凍っている。
 サエの目は、内庭の暖かそうな日向からいかにも寒げな日かげの方へと動き、そこで止って瞬きをするのも忘れたようになった。去年会社で争議が起ったとき、事務員であったサエは二ヵ月留置場へ入れられた。四月であったが寒さのためにリョーマチがついた。石の壁をとおし、床のうすべりをとおし、日光の射さない檻の中の寒さは専吉の膝の骨までしみとおっているであろう。その凍え工合がサエの肌身に感じられる。――
 サエが凝《じ》っと二階の窓から決して開くことのない留置場の窓に向って目を凝《こら》していると、下の内庭へピカピカ光った黒皮のゲートルを巻いた背の高い交通巡査が、裏の通用門の方から入って来た。
 股をひろげてこっちに顔を向け焚火に手をかざしていたが、やがて腰をかがめて何か二語三語《ふたことみこと》云った。すると、すぐ隣のハッピの職人が首をあげてサエの立っている窓の方を見上げた。次の一人、またその次、皆順々に顔を動かしてサエの方を見た。真後を向いていた男はわざわざ空箱の上で上体をひねって、見た。サエは、そうやって一人一人に仰向いて見ら
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