主任が出て行った。あとの連中は盛に大掃除をはじめ、
「ヤ、御免」
とか、
「ごみがかかるよ」
とか、コートを着てそこに立っているサエのまわりをわざと邪魔そうにまわった。
 主任は間もなく帰って来て、
「どうして、なかなかそれどころじゃないということだから、私の方では何とも出来ない」
 目にこそ見えないが、両手で背中を押し出されるような風に、サエは特高室を出た。
 階段のおり口に窓があって、そこから警察の内庭と鉄格子のはまった留置場の三つの窓とが見下ろせた。包みを窓枠にのせ、それに胸をよせかけてサエは暫く下を眺めていた。内庭も大晦日気分であった。ハッピを着た職人が三四人で何かの空箱に腰かけ焚火をかこんで、昼休みをしている。上衣をぬいだ白シャツが一人その側に立って両手を焚火にかざしている。白エプロンをくるくるとまいて、下からメリンス友禅の派手な前垂を出した弁当屋の女中が、足は紫のコール天足袋だが、頭だけは艶々した島田で、留置場わきの小使室のところから出て来た。
 日光は暖く内庭に照って、焚火の焔をすき透らせている。しかし、留置場の鉄格子の前は、ちょうど斜《はす》かいに日かげで、窓の横に石
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