室の誰も彼も上着をぬぎ、チョッキにワイシャツ姿である。
 その日は暮の三十一日で警察ではどこでもかしこでも正月の支度だった。
 サエは、
「おやおやわるいところへ来た」
 そう云いながら、室内に入り、
「――どうでしょう――まだ駄目ですか」
 もっている風呂敷包みを椅子の逆さにのっているテーブルの端に置いた。
「――本庁へきいて下さい。こっちでやったことじゃないんだからね。こっちじゃ分らないから――行きましたか」
「こっちできいて駄目だと云うとき、私の方でヤイヤイ云ってもききめがないと思うんです……もう五日も経つんだからいいんじゃないかしら――着物ですからね、口を利くわけじゃないし……」
 すると、わきから黒チョッキの男が、
「誰へ差入れたいんです?」
ときいた。
「石崎です」
「本庁へききなさい、本庁がやっていることで、こっちじゃわかりませんよ」
 急にパタパタ、サエの髪の近くでハタキをかけはじめた。夫の石崎が検束されたことを新聞でサエがはじめて知ったのは四日前の夜であった。直ぐその晩行ったが突きかえされ、翌日も突きかえされこれで三度目なのであった。
「じゃ、ちょっと待って下さい」

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