かえったんでしょうか」
真顔で云った。それをきいたとき、皆は一様に口惜しいなかで思わず失笑したのであった。
そばをたべたら、一時頃になった。百八の鐘を誰もききつけなかった。それがサエにはうれしかった。あの鐘があっちこっちで鳴り出すと、サエは子供のうちから落着かない変な気持になるのであった。
もう元日だからサエのかえる前に皆でお屠蘇《とそ》もしようということになった。それを云い出したのはまさであった。
まさが下からごまめやこぶ巻を入れた重箱を持ってあがって来る。うしろからおばあさんもついて上って来て、大きいチャブ台のまわりに皆がつめかけた。
「ここが八畳間だといいんだがね」
佐太郎が云った。
「いいよ、あったかで……」
普通のまちまちの形をした猪口が三つばかりあった。サエが、
「私につがして」
そう云って屠蘇を入れた瀬戸物の銚子をとりあげた。
「おばあちゃん、そこんところへ結びつける蝶々みたいなもの、どこかにありましたね」
「さあ、……どこじゃか……あったねえ」
だが、おばあさんもそんなことには大してかかわらず、猪口を両手にとって改った顔つきになりサエの方へ向いた。サエは
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